茶室の始まりは、広い座敷を一丈四方に屏風で囲んで茶を点てたという伝承に始まる。東山時代室町幕府八代将軍義政が村田珠光や、同朋衆の能阿弥、芸阿弥などに命じて新しい茶礼を作らせた。そして、広間を一丈四方に屏風で囲んで中国から持ち帰った台子に風炉や釜をのせて点前をしたと伝えられている。
広間の一部を囲ったことから、母屋の一部に付属する茶室のことを「囲い」と称し、一軒の独立した茶室の「数寄屋」と区別するようになった。
一丈四方というのは、お釈迦様が生きていらっしゃる頃、維摩居士が方丈の部屋を作って、その中に菩薩さまを何十人、何百人と招き入れたという故事にもとずくものだ。一丈四方といのは、畳の数に直すと今の四畳半に相当するので、以来、この四畳半が茶室の標準の大きさとなった。四畳半を基準にして広い部屋を広間、狭い部屋を小間と呼ぶ習わしだ。四畳半は広間でも小間でもいずれも使用できる。
部屋を区切る、空間を区切るというのは、非日常の空間を創りだすということで、今でも祭り等で行われていることだ。例えば私がよく行く九州の夜神楽でも神を迎える空間が作られ日常の空間と区別する。二間四方の四隅の竹と榊をたてて回りを注連縄で囲んで、神を迎える空間を作る。これを神庭(こうにわ)と云う。この中で神楽が演じられるのだ。
茶室に限らず、部屋の中に入るには出入口が必要だ。一般に玄関という。これは禅宗方丈の玄関が出入口にあたり、以来出入口を玄関、これが次第に貴族や武家の正式な出入口なり、主人や来客が出入りする正式な出入口を式台玄関、家族用には内玄関、使用人には勝手口と出入口を区別した。
民家では裕福な村役といった一部の層の人たちには玄関を設けることが許されたが、普通は土間(日常)、背面(炊事)するための出入口が設けられた。来客があった場合は縁側がその役目を果たした。この縁側が客人の出入口、もてなす場、あるいは非日常、婚礼、法事、葬式などの出入口となったりしたのだ。
茶室には四つの入り口がある。「躙口(にじりぐち)」「貴人口(きにんぐち)」「茶道口(さどうぐち)」「通口(かよいぐち)」だ。躙口と貴人口が客の出入りである。両方備わっている茶室もあれば、片方だけの場合もある。茶道口と通口は亭主の出入口だ。茶道口は必ずある。通口とは料理を運んだり給仕するたに使用することから給仕口とも云う。茶道口は方形であり、相対する給仕口は火灯口と云われるように上が円形となる。
茶室の中は平等であるという思想は間違いである。聖なる場所、境界であるゆえに世間との縁の切れた状態であることには間違いない。しかし、茶室に一歩足を踏み入れると、新たな秩序が生まれる
茶室はもてなすための空間故に、もてなす側、もてなされる側の出入口が一緒では境界を汚すことになる。様々な場面で境界を意識するように作られているのだ。
さて、茶室に入ると、まず目につくのが床の間であり畳だ。もともと床は空間的な序列をあらわし、ひいてはそこに位置する人間の身分の違いをあらわした。時代劇で目にする牢名主が畳を重ねて座っている場面は、同じ牢屋でありながら、見ただけで牢内の上下関係がわかるよう空間的序列を表してるのだ。
寝殿作りでも身舎(もや)とそれに付属するヒサシの関係が床の高さの違いにあらわれ、また貴人の位置のおいた畳によっても高低差が生み出された。畳は古代の貴族住宅より使われるようになったが、一般には畳は貴重品で畳を敷き詰めるのは接客のための座敷であっても、通常は畳を敷かず板床のままにし、来客や行事のあった時に畳を敷いた。
茶室では畳は一枚一枚同じでも、敷く位置によってその役割が異なる。道具を置く畳、客が座る畳、亭主が点前する畳と役割が決まっているのだ。
一方、天井に目を移すと空間的な序列が如実に現れる。天井も庶民にとっては贅沢品、江戸時代にはたびたび禁令なども出された。
一般的にお客様の座る畳の上に作られるのが、天井面を水平に作った陸天井(ろくてんじょう)である。つまり、茶室の中で一番空間的にも高さがあるところだ。点前の畳の上は一段落として、萩か蒲を張った天井。そして躙口の上は屋根の傾斜をそのまま見せた駆込み天井にする。空間を主と従に区分する境界的役目、つまり入り口であるということになるのだ。
茶室では炉が切られる。囲炉裏や竈は家の中心、象徴であり、火所は異界に繋がっていると信じられてきた。当然そこには火の神さまがいる。茶道においての炭点前の起源も火の神さまに対するものであった。聖なる場所ゆえ、昔からいろいろタブー(禁忌)があった。
茶の湯の理論の一つとして昔から引き合いに出されるのが『南方録』に書かれている「曲尺割(かねわり)」だ。茶室もこの理論で説明されることが多い。7と9の陽数がキーワードとなる。分かり易いのが畳。茶の湯の場合は京間が標準となる。京間の寸法は7×9の6尺3寸。畳に切られる炉の寸法は、7×2の1尺4寸、大炉の場合は9×2の1尺8寸となる。茶室の道具の置き方も曲尺割で説明してしまう。
どんなに芸術性が高く素晴らしい作品でも、寸法が合わないと茶室では使えない。現代の作家の中には茶道具と称しながらもそれを無視した作品も多く見受けられる。
その基本は台子である。侘び茶の象徴である炉の寸法は、台子の幅1尺4寸四方をそれにあてている。今は風炉の季節であるが、風炉をのせている小板の寸法は、炉の内法の大きさ、9寸5分である。この置き位置というのは壁付(左側)から1尺4寸を越えてはいけない。つまり、壁付(左側)から4寸5分離して小板を置くのだ。
茶室というのは世間との縁を切った無縁の状態を創りだすが、一歩中に入ると新たな秩序が生まれる。人も道具も同じだ。分子がバラバラだと無秩序の状態では不安定だ。その秩序は永遠のものではなく、何かの化学反応があると自由自在に組み合わされ一期一会の場を創る。
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